教えること

教育について考えました。

教育することをよく勉強しろという言葉で強要していますが、これは教育ではなく、単純に仕置きの一種に近いものがあります。もし子供に学ぶことを教えたいのであれば、しなさいと言う意味合いを使うべきではないと考えています。

よく物事を進めたいのであれば、ノルマを駆けられるような受身的な心理状態で事を遂行するよりも、自ら今回はどれだけできるのだろうかという冒険心のように好奇心を伴った積極的な心理状態で事を遂行するほうがはるかに効率よく物事がはかどるという経験を思い出してほしいのです。

子供たちも同じで、もしものを教えるのであれば、しなさいと言う強要よりも学ぶことの面白さやこれから学ぶ対象とは、楽しいものだというニュウアンスで表現することなのです。

今の文部省のやり方はその教育方法に誤りがあると感じています。子供はすべからく平等のように扱って、この教科については何時間机に座らせて、教員からの講義を何ページ聴講しなければならないと杓子定規にマニアル化してしまっているところに問題を含んでいます。

神様は平等に子供を作ったわけではなく、完全にデコボコの十人十色でバラエティに富んでいて、退屈しないものです。この状況の中で、偏った教育をしても結果が平等になるわけではなく、個々に教え方も変わってくるわけです。教育者は、どのように記憶したらよいかとか、この点について面白いというように学ぶことを楽しむという教育のほうが効率的なのです。

それに教える側は一方的に教えているわけではなくバラエティーな個性の中から新しい発見をしていき好奇心を満喫させていきますので逆に育てられてもいるわけです。

子供は、学ぶ要領を一度でも身につけたら、後は何もしなくても自ら本を読んでどんどん吸収していきます。そして、間違った覚え方をしていないかを絶えずチェックしていきさえすればかなり水準が上がることになります。
一番怖いのは、暴走して体を壊すことですので、見守り続けることが肝要であると思います。

新聞の広告を見る犬
この子は決して新聞を読んでいるのではなく、お菓子がないか嗅ぎまわっているのです。




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tag : 教育 ノルマ 強要 文部省

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